余録:飲酒ひき逃げ
童話作家の鈴木三重吉といえば雑誌「赤い鳥」の創刊者で児童文芸運動の父といわれる人だ。だが彼にはとんでもない弱点があった。童話のモデルにするほど溺愛(できあい)した娘に「お友だちに恥ずかしい」といわれた酒乱だ▲芥川龍之介に「刺身(さしみ)皿をほうりつけたいくらい腹が立った」と
いわせた酒を飲んでのからみようは、師事した夏目漱石の鏡子夫人によれば「だれもこまらされた事です」。しつこさに激怒した川口松太郎に木刀で殴られたこともあった▲「赤い鳥」の盟友、北原白秋に絶縁されたのも、白秋の両親の前で「酔狂して習癖の暴状を発揮」したからだった。それを機に「赤
い鳥」は衰退し、ほどなく三重吉は亡くなる。日本の児童文学の恩人にして結局「酒は敵(かたき)」となったようだ(嵐山光三郎著「文人暴食」新潮文庫)▲酒を飲むはずが、飲まれる人がいる。それが殴られたり、友を失うのは自業自得だし、偉人なら文学史の余話にもなる。だが酒を飲んでの無分別が
他人の生命を奪う凶器になることは、現代の車社会では誰もが肝に銘じているはずのことだ▲大阪府富田林(とんだばやし)市で新聞配達中の16歳の少年が、車に何キロも引きずられて死亡するひき逃げがまたも発生した。逮捕された男は「飲酒運転だったので必死で逃げた」と話す。大阪駅前のひ
き逃げの記憶もまだ生々しいのに、惨事は繰り返された▲亡くなった東川達也さんは小欄の載る朝刊を読者に届けていた。配達が終われば、前日に初給料で買ったゲーム機で友人と遊ぶのを楽しみにしていたという。そんなひと時と、その先の人生を突然奪った「習癖の暴状」がうらめしい。東川さんのご冥福を祈る。
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